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函館地方裁判所 昭和44年(ワ)328号 判決 1970年10月20日

原告

辻村政市

ほか一名

被告

株式会社山源佐々木運送部

ほか二名

主文

1  被告吉田百蔵は、原告辻村政市に対し金二六万〇、八一九円、同辻村キヨに対し金一五万九、八四二円および右各金員に対する昭和四四年七月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告等の被告吉田百蔵に対するその余の請求ならびに被告株式会社山源佐々木運送部および被告北山由蔵に対する各請求はいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告等と被告吉田百蔵との間においては、原告等に生じた費用の二分の一を被告吉田百蔵の負担とし、その余の費用は各自の負担とし、原告等と被告株式会社山源佐々木運送部および被告北山由蔵との間においては全部原告等の負担とする。

4  この判決は、主文第一項にかぎり、原告辻村政市において金九万円の、原告辻村キヨにおいて金五万円の担保をたてるときは、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告等

被告等は、各自、原告辻村政市に対し、金三四万四、八五三円、同辻村キヨに対し金一六万二、九九四円および被告吉田百蔵は昭和四四年七月二一日から、同株式会社山源佐々木運送部、同北山由蔵は昭和四四年七月二六日から完済に至るまでそれぞれ右各金員につき年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

との判決を求める。

二、被告等

1  被告株式会社山源佐々木運送部および同北山由蔵

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

との判決を求める。

2  被告吉田百蔵

原告等の請求を棄却する。との判決を求める。

第二、当時者の主張

一、請求の原因

1  事故の発生

原告等は、昭和四三年一二月四日午後二時頭、函館市宮前町二三番三号先交差点付近の宮前町電停前歩道で信号待ちのため佇立していた。そのとき、被告北山の運転する被告株式会社山源佐々木運送部(以下被告会社という。)所有の三輪貨物自動車(以下北山車という。)と同吉田の運転する軽四輪貨物自動車(以下吉田車という。)とが右交差点中央において衝突し、北山車が車道をこえて、原告等に激突したため、原告辻村政市(以下原告政市という。)は入院二〇日、通院七七日を要する顔面左手挫傷右腰部打撲の、同辻村キヨ(以下原告キヨという。)は入院八六日を要する骨盤骨折後頭部打撲左肘関節部打撲の傷害をそれぞれ負つた。

2  被告等の責任

(一) 右事故は、被告吉田および被告北山が共に前方をよく注視せず、また徐行もせず慢然と右交差点に進入した過失に基づく、よつて、被告吉田および被告北山は、民法七〇九条に基き、右事故により原告等が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告会社は、北山車の所有者でありその運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法三条に基き原告等の損害を賠償すべき義務がある。

3  原告等の損害

(一) 原告政市の損害 合計金四九万八、二二八円

(1) 金一万〇、一〇四円 しいや外科に対する入院費二〇日分

(2) 金七、六二〇円 同外科の診断書および薬代

(3) 金九、〇三四円 同外科に対する附添人食費

(4) 金二万八、二四〇円 看護補助者佐藤モトに対する支払金および全沢れい子に対するフトン代

(5) 金一、四四〇円 渡辺病院診察料

(6) 金一、七九〇円 自動車代

(7) 金一四万円 昭和四三年一二月四日より同四四年六月三〇日迄の七ケ月にわたる一ケ月二万円のあんま業の休業補償

(8) 金三〇万円 慰藉料

(二) 原告キヨの損害 合計金四九万七、四二二円

(1) 金六万九、五七五円 富田病院に対する入院料八六日分

(2) 金二万四、六〇八円 同病院に対する附添人食費

(3) 金六、九四三円 同病院の文書および同病院退院後同病院に通院したさいの注射料

(4) 金九万三、五五〇円 看護人射守矢スヱ他一名に対する支払金及び金沢れい子に対するフトン代

(5) 金二、四四六円 しいや外科の診断書代

(6) 金三〇〇円 自動車代

(7) 金三〇万円 慰籍料

4  損害のてん補

右損害のうち、原告政市は金一五万三、三七五円を、原告キヨは金三三万四、四二八円を本件事故による損害賠償の内金として自賠責保険より受領した。

5  よつて、原告等は被告等に対し、前記の損害から自賠責保険より填補された額を控除した残額すなわち原告政市は金三四万四、八五三円、同キヨは金一六万二、九九四円の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  被告会社および被告北山

請求原因第1項のうち原告等の傷害の部位、程度は争うが、その余の事実は認める。請求原因第2項のうち、被告会社が北山車の所有者でありその運行供用者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故について、被告北山には過失はなく、本件事故は被告吉田の一方的な過失によるものである。その詳細は、被告会社の抗弁において述べるとおりである。請求原因第3項の事実は争う。

2  被告吉田

請求原因第1項のうち原告等の傷害の部位、程度は争うが、その余の事実は認める。請求原因第2項の事実は認める。請求原因第3項の事実は争う。

三、被告会社の抗弁

1  被告北山は、本件事故現場である交差点にさしかかつた際、進行方向の信号機の標識が青であることおよび左右の交通状況を確認したうえ、速度を時速二〇キロに減じて進行したのである。しかるに、被告吉田が既に信号機が黄色となつていたにもかかわらずこれを無視して右交差点に進入し、しかも右折の合図もせずに突如として右折して北山車の進路を妨害したため、被告北山が急停車の措置を講じたが間に合わず本件事故となつたものである。

かかる状況下においては被告北山には特段の事情のないかぎり、対向車が黄信号を無視して交差点に進入し、さらに右折の合図もしないで右折して自車の進路に接近してくるであろうことまでも予想し、それによつて生ずる事故の発生を防止するため一時停止その他避譲措置をとるべき注意義務はない。本件事故はひとえに相被告吉田の過失に基づくものである。

2  北山車には構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。

3  よつて、被告会社は、本件事故による損害を賠償すべき義務はない。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三、証拠〔略〕

理由

一、事故の発生

請求原因第1項のうち原告等の傷害の部位、程度を除くその余の事実は、各当事者間に争いがない。

二、被告等の責任

1  被告吉田の責任

本件事故につき被告吉田に原告主張の過失があることは、被告吉田の認めるところであるから、被告吉田は本件事故による原告等の損害を賠償すべき義務がある。

2  被告北山および被告会社の責任

(一)  被告北山の過失の有無について、被告会社の免責の抗弁中のその点に対する判断をも含めて検討する。

〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故の現場は、函館市宮前町二三番三号先の幅一六・七メートルの東西に通じる電車通りと幅一〇メートルの南北に通じる道路との交差点であつて、この交差点には信号機が設置されており、また、この交差点の直前には両道路とも横断歩道が設けられている。この交差点は人、車とも交通量の多いところである。

被告北山は右の電車通りを東進して右交差点にさしかかつたのであるが、交差点西方の横断歩道前方より交差点の信号が「青」であることを確認し、速度を時速約二〇キロメートルに減速して交差点に進入し、左右を注意しつつ直進した。交差点中央附近手前で信号は「黄」に変わつた。そこで被告北山はさらに左右の車に注意しつつ直進したが信号が「黄」になつた際同人は、少なくとも、反対方向横断歩道上には対向車が存在しないことを確認した。

一方、被告吉田は右の電車通りを西進して時速約三〇キロメートルで右交差点にさしかかつたのであるが、交差点東方の横断歩道直前すくなくとも約二、三メートル手前で信号が「黄」になつたにもかかわらずこれを無視してまた右折の合図をすることなく、交差点に進入し、何ら減速をすることなく横断歩道を過ぎた直後のところで右折を開始し、交差点中央付近に進出し、北山車の進路前方に進み、これと衝突の危険を生じた。

その結果、被告北山は思いがけぬ右折車の出現により慌わててハンドルを左に切り、急停車の措置をとつたが間に合わず交差点中央よりやや東寄りの地点で両車衝突し、その衝撃で北山車は進路の斜前方に進行し、前方の横断歩道の手前で信号待ちをしていた原告キヨに衝突し、本件事故となつた。

以上の事実を認定することができ、この認定に反する〔証拠略〕は、前記各証拠に照らし信用できず、他にこの認定を覆えすに足りる証拠は存在しない。

以上認定の事実によれば、被告北山は信号に従つて交差点内に進入し左右に注意しつつ交差点内を進行し、その途中で進行方向の信号が黄色の注意信号となつたこと、そのとき右折態勢に入つた対向車のないことを確認しているのであつて被告北山は、このような状況下において要求される注意義務は充分つくしているのであり、この上さらに対向する車が交差点の手前ですでに信号が「黄」に変つているのに敢えて交通法規に違反して交差点に進入し、また右折の合図をすることなく突然右折を開始し自車の進路前方に突入してくること迄予測して、それによつて生じる事故の発生を未然に防止するため一時停止その他の避譲措置をとるべき業務上の注意義務を要求することはできないと解するのが相当であつて、本件事故については被告北山に過失はないものといわなければならず、結局本件事故は被告吉田の前記のような信号無視、前方不注視それにもとづく交差点における直進車優先の原則違反の諸過失により生じたものと認められる。

してみれば、被告北山には、本件事故による原告等の損害を賠償すべき義務はないものといわなければならない。

(二)  被告会社が北山車の所有者であつてその運行供用者であることは、当事者間に争いがないので、さらに被告会社の免責の抗弁について判断をすすめる。

本件事故は、被告北山の過失によるものではなく被告吉田の過失によるものであることは、(一)で認定したとおりである。

〔証拠略〕によれば、北山車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

してみれば、被告会社には本件事故による原告等の損害を賠償すべき義務はない。

三、原告等の損害

1  原告政市の損害

〔証拠略〕によれば、原告政市は、本件事故により顔面、左手挫創および右腰部打撲の傷害を受け、昭和四三年一二月四日から同月二三日まで二〇日間しいや外科に入院治療を受け、同月二四日から昭和四四年三月一〇日まで七七日間(実治療日数一五日)同外科に通院治療を受け、冶ゆしたことが認められ、この認定に反する証拠はない。そこで、これによる原告政市の損害について判断する。

(一)  しいや外科に対する入院費二〇日分

〔証拠略〕によれば、入院費の自己負担分として、金一万〇、一〇四円を支払つたことが認められる。

(二)  しいや外科の診断書および薬代

〔証拠略〕によれば、しいや外科に対して診断書代、薬代等として金七、六二〇円を支払つたことが認められる。

(三)  附添人食事代

〔証拠略〕によれば、原告政市は全盲のため起居動作不能で入院期間中付添看護を要し、看護人の食費として金五、〇〇〇円を支払つたことが認められ、これは本件事故による損害と認めるのが相当である。

(四)  看護人の看護料

〔証拠略〕によれば、看護人の看護科、ふとん代として金二万八、二四〇円を支払つたことが認められる。

(五)  渡辺病院診察料

〔証拠略〕によれば、原告政市は本件事故により頭痛を訴え脳波検査を渡辺病院で受け、診察料として金一、四四〇円を支払つたことが認められ、これは本件事故による損害と認められる。

(六)  自動車代

〔証拠略〕によれば、原告政市またはその長男辻村藤義が通院または見舞のためにタクシーを利用し、その代金が金一、七九〇円を超えることが認められるから、原告主張の金一、七九〇円は本件事故による損害と認めうる。

(七)  休業補償

〔証拠略〕によれば、原告政市は、本件事故当時あんま業を営み、月に約三万五、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故による負傷のため、昭和四三年一二月四日から昭和四四年三月末日まで仕事を休み、その後仕事を再開したが事故前の半分位しか収入を得ることができないことが認められ、休業期間中の得べかりし収入金一四万円を得ることができなかつたことが認められる。

(八)  慰藉料

前記認定の原告政市の傷害の部位、程度、入院および通院期間、休業期間その他本件記録に現われた諸般の事情を考慮すると、本件事故による慰藉料としては金二二万円が相当である。

(九)  してみると、原告政市の損害は、以上(一)から(八)までの合計金四一万四、一九四円ということになる。

2  原告キヨの損害

〔証拠略〕によれば、原告キヨは、本件事故により左肘部打撲、右下腿擦過創、骨盤骨折、頭部打撲の傷害を受け、昭和四三年一二月四日しいや外科の診察を受け、同日直ちに富田病院に転医し、同日から昭和四四年二月二七日まで八六日間同病院に入院治療を受け、同年三月四日から同月一九日まで(実治療日数二日)同病院に通院治療を受け冶ゆしたことが認められ、この認定に反する証拠はない。そこで、これによる原告キヨの損害について判断する。

(一)  富田病院に対する入院費

〔証拠略〕によれば、入院費の自己負担分として金六万九、五七五円を支払つたことが認められる。

(二)  附添人食事代

〔証拠略〕によれば、原告キヨは前記負傷のためベッドに安静を要し歩行を禁ずる必要があつたので昭和四三年一二月六日から昭和四四年二月一一日まで六八日間の附添看護を要したことが認められ、〔証拠略〕によれば、附添人の食費として金二万四、六〇八円を支出したことが認められ、これは本件事故による損害と認めるのが相当である。

(三)  富田病院文書料、注射料

〔証拠略〕によれば、文書料、注射料として金三、八七一円を支出したことが認められる。

(四)  看護人の看護料

〔証拠略〕によれば看護人の看護料として金九万三、五五〇円を支払つたことが認められる。

(五)  しいや外科診断書代

〔証拠略〕によれば、しいや外科の診断書代として金二、四四六円を支払つたことが認められる。

(六)  自動車代

〔証拠略〕によれば、しいや外科から富田病院への転医のための自動車代として金二二〇円を支払つたことが認められる。

(七)  慰藉料

前期認定の原告キヨの傷害の部位、程度、入院期間および通院期間その他本件記録に現われた諸般の事情を斟酌すると、本件事故による慰藉料としては原告の主張する金三〇万円を下らない金額が相当である。

(八)  してみると、原告キヨの損害は、以上(一)から(七)までの合計金四九万四、二七〇円ということになる。

四、損害のてん補

原告政市は金一五万三、三七五円、原告キヨは金三三万四、四二八円の金員を本件事故による損害賠償としてそれぞれ自賠責保険より既に受領していることは原告等の認めるところであるので、これを控除すると原告政市の損害は金二六万〇、八一九円、原告キヨの損害は金一五万九、八四二円となる。

五、結論

よつて、原告等の本訴請求は、被告吉田に対する原告政市の金二六万〇、八一九円、原告キヨの金一五万九、八四二円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四四年七月二一日から完済に至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、原告等の被告吉田に対するその余の請求ならびに被告会社および被告北山に対する各請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条ただし書、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井巧)

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